昭和に建築された温泉旅館をリノベーションし再生するプロジェクト。「あとがき」では、プロジェクトメンバーがそれぞれに想いを綴ります。
湯河原の「湯元通り」には、歴史ある温泉旅館が点在し、時代が作り上げた“今”は、真似したくても真似のできない財産だと思います。旅館再生というプロジェクトを前に、繰り返し繰り返し想いを交わしました。全力で関わってくれたクリエイターや施工業者の皆様に感謝しています。
想いをカタチにする人、カタチに想いを吹き込む人。様々な人が繋いだ「もてなしのバトンリレー」が結実し、その想いが夢十夜を訪れるお客様と共感できたならこの上ない幸せです。思いがけない本との出会い、未だ知らない感情との出会いを、夢十夜でお愉しみください。
プロジェクトが始動したある日、偶然目にした一冊の本に強く惹かれました。夏目漱石の夢十夜。白昼に煌々と照らし出された冷めた現実よりも、夜の闇に燃える一筋の夢に惹かれたのかもしれません。夢は次第に熱を帯び、周囲の人々を巻き込みながら、消えつつあった日本旅館を魔法のように新たな姿へと変えました。その中で何度も何度も奇跡のような瞬間に立ち会ってきました。力の限りを尽くしてくれた仲間たちに尊敬の念と感謝をせずにはいられません。星が巡るように、物語も巡る。漱石の描いた夢の破片に私たちは新たな夢を重ねて次の物語を紡ぎました。夢×文学×温泉×おもてなし、が夢十夜です。ここには夢のような時間と空間が散りばめられています。夢中になっていただけたら幸いです。
施工業者としてプロジェクトに参加させて頂けた事に感謝しております。建屋が昭和初期の歴史のあるものだけに天井内で碍子線が現役で使われていたり、ノスタルジックな窓が使われていたりと、施工中にもその歴史を肌で感じる機会となりました。施工に関してはデザイナーの指示の下、その歴史を活かした建屋を目指しました。施工の視点からも、古きを活かし新しきを作る精神で敢えて残した多くの“歴史”。ご宿泊の際には館内にある“歴史”探しを楽しんで頂きたいと思います。裏腹に、技術を駆使した機材を使用した大浴場等、正に再生ならではの新旧の結晶と言える旅館となりました。ご宿泊の皆様に喜んで頂ければ嬉しい限りです。
海と山と湯に恵まれた湯河原という素晴らしい場所に立ち現れる、夢十夜という夢の宿。文学という実体のない存在が形を持つ上で、デザインの力が文学を空間化する翻訳者の役割を果たすことができると思い、床の間を設え、短歌を嗜む日本文化への敬意を示し、アンティークを取り入れた表現で時間軸を取り払った新しいデザインで建物の持つ力を引き出せるように心がけました。これから読まれる方は私たちが表現する夢十夜(を超えた)世界で湯に浸かり、美食(燭)を楽しみ、本に溺れてもらえたら嬉しく思います。読んだ方にはひとつの解釈として答え合わせのような総合体験を。また、本を手に取ることのすばらしさも感じていただけるのではないかと思います。一度では味わい尽くせない魅力に溺れて忘れられないひとときにきっとなるはずです。
「文の中、湯にひたり、夢に遊ぶ。」を主題として、全体のデザインを考えました。ロゴタイプは、丸い月が浮いた空に、客人がパラパラと頁をめくる時間を描いています。また原稿用紙、挿絵や口絵、しおり等、本をモチーフに様々なデザインへ展開しました。湯河原を歩いていると「人らしさ」に触れる機会が多いように思います。効率や映え、精度だけではない、温かいものが町全体から感じられます。夢十夜がそんな湯河原の町に溶け込んで、人々に喜びと癒しを与えられたら夢のようです。